賞味期限を書き換えたり、薬物が混入したり、はてはお店で売られている商品にわざわざ縫い針を指してみたり、生命を維持するためのひとつである食に対する危機管理がクローズアップされていますね。
コスト削減や売上げを意識し、それでも食の楽しさを提供するという視点を持ってお仕事をされている方は、今大変なんだなぁと思います。
野菜や果物など生産者の方も、加工される方も、販売される方も、相互の信頼関係で成り立っていたものが、それぞれで責任を持って品質を管理する必要性が明確になったように思います。
こうした背景には、やはりグローバル化が進んだことがひとつなのかなと思います。
生産者、加工業者、流通、販売と、国内だけでなく海外の企業や人が入ることで、それぞれの価値観や文化の違い、さらにはその国々の抱える労働環境や社会的な問題も背景といったものが複雑に絡み合い、メディアで報道されるようなことが起きているように思います。
つまり、これは日本という国だけの問題ではなく、世界的に見た食に対する安全を考える必要があるように思います。
ただ、もうひとつここで忘れてはいけない視点がある。
それは、消費者。
消費者も可能であれば、食の安全のために対価を払う必要があるかもしれない。
でも、そうした対価を払えるかどうかということになると、賃金格差によって、生活の安全が買える人と買えない人がうまれるということも事実。
こうした点も踏まえて政府がどのように対応していくのかを今後見守ることも必要だし、消費者である国民が動き出す必要もあるように思います。
ちょっと話が脱線するが、そうした視点で考えると、普通に食事のできない国もあるし、それ以前に紛争などによって安心して暮らせない国もある。日本はそうした意味では、裕福な中で生活している。
日本という国の食の文化を守る必要が優先すべき課題ではあるが、もうひとつ先の世界という視点で捉え、食だけでなく住も含めて、平和な地球のあり方を考えるときに来ているように思う。
タイトルとはかけ離れたものになってしまうが、グローバルな視点で、一人ひとりが考え、行動する時代。
日本という国の中だけで、ものごとを考え、判断し、行動することも大事だけど、別の視点でものごとを見る必要がある。
食べ物だって、食べられなくなったら、捨てるという考えは正しいと思うが、無駄に作らない工夫、捨てずに何らかの形で利用、活用していくことも考えていかないと、いけないと思う。
具体的なプランが思いつかないけど、自分自身への問題提起として、書き込みしてみました。
※おまけ
以前アップしたSRのISOのお話も、ご参考までに。。。
http://ameblo.jp/kazeno-tayori/entry-10068005985.html
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